配達先のライラばあさんはすぐに見つかった。
なにせ全員で五十人くらいしかいない小さな村だ。畑仕事をしていた人に聞いたら、教えてくれた。ばあさんの家は村の中で一番大きかった。村長の奥さんという話だったな。
ライラばあさんは真っ白な髪を長く伸ばした老婆で、目にも髪がかかっている。 夏の結晶――青っぽい小さい石ころ――と配達依頼票を渡すと、ばあさんは嬉しそうにニヤッと笑った。「ご苦労だったね。ほれ、これが依頼料だ」
おや。配達依頼はギルドで精算じゃなく、配達先の人がくれるのか。
ライラばあさんがくれた小袋の中を見ると、確かに依頼料の銀貨二枚が入っている。 銀貨一枚は銅貨十枚分。いつもの安宿に五日は泊まれる。 他の人にとっては小銭でも俺には十分な収入だ。「……あれ」
小袋の中をよく確かめていると、銀貨の他に何か入っていた。
銀貨と同じくらいの大きさのコインだ。だが銅貨ではないし、もちろん金貨などではない。 シンプルなデザインに星のマークが刻まれている。「この星のコインは何ですか?」
ライラばあさんに聞いてみる。
「メダルだよ。何だお前さん、冒険者のくせに知らないのかい」
「俺、まだ駆け出しでして……」
正直に言うと、ばあさんはちょっと呆れた顔をした。
「あまりそういうことを言うもんじゃない。舐められるだろ。――メダルはね、冒険者や他の各種ギルドで使える特別なコインだ。ギルドごとのスキルを習ったり、色んなサービスを受けられたりする」
今まで俺がメダルを手にする機会がなかったのは、報酬が低すぎる仕事ばかりやっていたからとのこと。
せめて銀貨単位の依頼料でなければ、メダルはもらえないんだそうだ。 俺が港町でやっていたバイトレベルの依頼は、全部銅貨や鉄貨での支払いだったからな……。「詳しいですね」
「そりゃあ、あたしはこの村の冒険者ギルド支部の責任者だからね。
魔道具のスキル取得はあっさり済んだ。 まず最初にライラばあさんから「魔道具とはなんぞや」という講義を小一時間ほど聞く。 魔道具は、杖や巻物といった魔力を込めた道具を使いこなすためのスキル。 これら道具は魔道具スキルの他、魔力が高ければ高いほど成功率が上がる。 さっきライラばあさんが使った鑑定の杖などはそんなに難しくないが、魔道具スキルと魔力を極めて行かないと使いこなせない道具もたくさんあるとのこと。 で、一通り学んだら、「破ァ!!!」 と謎の魔力注入をされて完了。 これで本当にスキルが身についたのか? と思ったが、ステータスを開くと確かに魔道具スキルがレベル1になっている。 それに何となくだが、魔道具の使い方が分かった気もしている。 上手くいったに違いない。「ライラさん。この村で解呪の巻物は売ってますか?」 今ならきっと、このいまいましい剣と盾の解呪もできる。 そう確信して聞いてみたのだが。「ない。田舎にそんなもんあるわけなかろ」 あっさり撃沈した。 この剣と盾、まだお別れできないのかよ……。 港町に帰るしかないか。俺ががっかりしていると、ライラばあさんは小首をかしげた。「だが、ダンジョンに落ちてるかもしれんのう」「ダンジョン?」 俺は顔を上げる。「ちょうど村の裏手にグミの巣ができたところじゃ。うっとうしいから潰すつもりだったが、おぬしのような駆け出しにはいい訓練場になるぞ」 毎度おなじみのあいつらか!「グミの巣じゃ大した実入りはないだろうが、解呪や鑑定の巻物程度なら落ちていてもおかしくない」 ライラばあさんはダンジョンの基本を教えてくれた。 ダンジョンは自然発生する魔物の巣窟。 中は何層かの構造で、一番深い場所にボスがいる。 難易度に応じて各種のアイテムが落ちている。武器や防具などが落ちているときもある。ダンジョン内のアイテムは早い
「あーあー、こりゃ。熊よ、どうしたんじゃ」 でかい生き物の後ろから、じいさんが焦った様子で追いかけてくる。 熊。 目の前にいるのは、たしかに熊だった。 俺よりも一回りもデカい体に、茶色の毛。ぶっとい手足には立派な爪が生えている。こわい。「この子がいきなり走り出したんで、びっくりしたわい。普段はおとなしいのにのう」 熊が? 熊っておとなしいの? 俺の内心の問いを知ってか知らずか、熊はガウガウ言いながら顔を舐めてくる。 おいやめろ、俺の顔にハチミツなんぞついてないぞ。 食われそうで怖いからやめろ! じいさん助けて! じいさんに必死の目を向けると、彼はぽんと手を叩いた。「もしかしてお前さん、こいつの元の飼い主かい? この子は春のはじめに村に迷い込んできてな。人懐っこくておとなしいから、飼い熊なのは間違いない。……熊や、飼い主に会えてよかったなあ」 いや勝手に決めないでくれるか。 そりゃ春のはじめといえば、俺が乗っていた船が難破した時期と一致する。 でも熊なんて飼っていた覚えはない。ていうか熊が飼えるとは知らんかった。 ……でも待てよ。俺は記憶喪失で、船から放り出される前のことは何も覚えていない。 ということは、本当に俺がこの熊を飼っていた可能性もある……? 熊はペロペロと俺の顔を舐めてくる。 太い手足はきちんと俺の体を避けていて、傷つけるつもりはないらしい。 う、うーん?「俺が飼い主なんでしょうか。実は前のことをあまりよく覚えていなくて」「これだけ熊が喜んでいるんじゃ。他の人間にこんな態度は取らない子だから、飼い主に間違いない」「はあ」「よかったなあ、熊。わしもこれで毎日の散歩や餌やりから解放じゃ。やれやれ」 なんか厄介払いをされた気がしなくもないが、俺の旅の仲間に熊が加わった。
地下二階も一階とそんなに変わらない。 クマ吾郎は俺の後を歩くよう指示して、俺は慎重に歩みを進めた。クマ吾郎は心得たもので、トコトコと俺の後をついてくる。 細い通路があったので入ってみる。 通路の向こう側は部屋になっていて、何匹かのグミがいた。白の他に赤の姿も見える。「よし。例の作戦をやってみよう」 クマ吾郎は通路の出口で待機してもらう。 それから先の部屋に行って、足元の小石を白グミに投げつけた。「よう、最弱野郎ども!」 ついでに剣を振って挑発してやれば、グミたちはいっせいにこちらに転がってくる。 急いで通路に引き返した。 振り返ってみると案の定、狭い通路を一匹ずつの列になって追いかけてくる。「ていっ」 俺は毒薬の瓶を投げつけた。 先頭の白グミを狙ったのだが、あいにく俺の投擲スキルが低いせいで手前に落ちてしまった。 パリンと音がして瓶が割れて、緑色の毒薬が地面に水たまりを作る。 勢いよく追いかけてきた白グミは、水たまりに突っ込んだ。「プギー!」 毒薬をもろにかぶってしまって苦しんでいる。 それでも硫酸のときのようにそれだけで死んだりはせず、ヨロヨロしながら通路を進んできた。「あらよっと」 弱りきった白グミを剣で突き刺すと、ぶちゅ! と弾け飛んで息絶えた。「よしよし、目論見どおり」 グミどもは知能が低い。 目の前に毒の水たまりがあっても、その先に敵である俺がいれば追いかけてくる。 体力満タンの白グミを倒すには時間がかかるが、こうやって弱らせておけば問題ない。 グミたちは愚かにも次々と水たまりを踏んで体力を減らし、俺はどんどん仕留めていった。 最後に赤グミがやってきた。こいつはちょっと手強い。 弱らせているとはいえ、正面から戦えば俺もダメージを食らうだろう。 ダンジョンはまだ先がある。体力は温存しておきたい。「食らえ!」 そこで俺は、推定麻痺のポーショ
地下三階へ降りると、今までと空気が違うことに気づいた。 上手く言葉にできないが……張り詰めた緊張感が漂っている。 そういえば、ライラばあさんが言っていた。「ダンジョンはボスがいる」と。 この階にボスがいる可能性が高い。「クマ吾郎、慎重に行こう。敵を見つけても突撃はやめろ」「ガウ」 クマ吾郎の肩をぽんと叩いて、俺も気を引き締めた。 部屋にいるグミをしっかりと片付けてから、次の場所に行く。 そうして何個か部屋を確認していると、とうとう見つけた。 通路の中からそっと覗いてみる。 何匹もの白と赤グミを取り巻きにして、黄色……いや金色か。金色に輝くグミが部屋にいる。「どうするか……」 俺は考えを巡らせた。 クマ吾郎と二人とはいえ、正面切って殴り合うには敵の数が多い。それに金色グミの強さも未知数だ。 できるだけ安全策を取って、万が一の場合は撤退も視野に入れながら戦おう。死んでしまったら人生終了だからな。 なら、やることは地下二階と同じだ。 通路に引き込んで毒薬や硫酸を投げつけ、グミどもの体力を削る。 金色だけは俺では攻撃を受け止めきれない可能性があるので、クマ吾郎と一緒に戦う。「よし。これで行こう」 クマ吾郎に作戦を伝えて手前の部屋で待機してもらう。 俺は通路を抜けてボスがいる場所へと踏み込んだ。 金色グミのいる部屋に踏み込んだ途端、ヤツは俺に気づいた。 取り巻きを引き連れて一直線にこちらに跳ねてくる。 俺は慌てて通路に引っ込んだ。 グミどもが押し合いへし合いしながら通路に殺到した。 ボスの金色グミの前に五匹、後ろに二匹ってとこか。 ここまで来た以上は総力戦だ。ポーションを惜しむつもりはない。 俺はありったけの毒薬と硫酸を投げつけた。「ピギ
肩越しに振り返ってクマ吾郎を見る。彼女は押されながらも善戦していた。 混乱のポーションの効果は出たか分からない。 だが、俺にできるサポートはデバフポーションを投げるくらいだ。 もう一本、混乱のポーションを投げつけた。 命中。金色グミがぐらりと揺れる。効果が出ている!「ピキーッ!」 もう一匹の赤グミが飛びかかってきた。くそ、うっとうしい。 横合いから体当たりをくらったせいで、よろけた。 だが踏みとどまり、間を置かず赤グミに肉薄する。「これでどうだ!」「ピギャーッ!」 まだ体勢が整っていなかった赤グミに、剣を思いっきり振り下ろす。 ぷちゅ、と潰れた。「クマ吾郎!」 振り返れば、金色グミはもう混乱の影響から抜け出している。やはり回復が早い。 けれど混乱のポーションを一本命中させれば、クマ吾郎が体勢を立て直して一撃を与える時間が稼げる。 俺は最後の一本の混乱ポーションを握りしめた。 これは効果的に使わなければ。 剣と盾を構えて金色グミに近づいた。 俺にクマ吾郎ほどの力はないが、牽制くらいならできる。ポーションも距離が近いほうが命中率が上がる。 クマ吾郎の攻撃の合間を埋めるように剣を突き出す。 未熟ながらも連携プレーだ。 俺たち二人の攻撃に、金色グミは次第に苛立ったような様子を見せ始めた。 動きがだんだん粗くなる。 と、金色グミは今までにない大振りの構えを取った。体の一部が大きく伸びて、刃物のようになる。 思うように動けなくて、賭けに出たようだ。 だが――「隙だらけなんだよっ!」 俺の投げつけた混乱のポーションが、今まさに大技を繰り出そうとしていた金色グミに当たる。「ピ、ピ、ピ……」 金色グミの体がぐらぐらと揺れる。 刃物の部分はむなしく地面に叩きつけられた。「ガウッ!!」 クマ吾郎がすかさず
グミダンジョンを攻略してから、少しの時間が経過した。 あれから俺は港町に戻って、配達の依頼を中心に請け負っている。 配達先もサザ村だけでなく、片道三、四日くらいのちょっと離れた町や村だ。 白や赤グミ、それに野生動物くらいなら俺とクマ吾郎で撃退できるようになった。 だから割の良い配達依頼を受けて、お金を貯めている最中である。 当面の目標は装備をきちんと揃えることだ。 そうそう、グミダンジョンで拾った靴を鑑定してみたら、『紙製の靴』と出た。 紙製って。 防具で紙とか、そんなことってある? 防御力はもちろんゼロ。 軽いのがウリだが、耐久力に難がある。 いらないな、と思って売ろうとしたら、二束三文だった。 駆け出しの俺がいらないと思う性能じゃ、誰も欲しがらないようだ。それはそうか。 いつかまともな防具をダンジョンで拾ってみたいものだ。 いくらかお金に余裕が出たおかげで、宿賃や食べ物に困ることはなくなった。 とはいえクマ吾郎が大きい体にふさわしくよく食べるので、町の果物の木にはまだお世話になっている。 クマ吾郎はリンゴとブドウが好きみたいだ。おいしそうに食べている。 たまには肉も食べさせてやりたいから、そういうときは店で買っている。 配達の傍ら、手頃なダンジョンを見つけたら攻略もしている。 グミダンジョンは難易度が一番低かったようで、それ以外はなかなか苦戦中。 ボスのいる階層に行ったはいいが、逃げ帰ったことも一度や二度じゃない。 でも、生きてさえいれば何度でも挑戦ができる。 俺の一番の願いは、この世界で生き抜くこと。 死ななきゃかすり傷ってやつだ。 だから前向きな気持ちで日々を過ごしていった。 いつしか季節は夏から秋へ移り変わろうとしていた。+++ ユウの今のステータス
秋になって、新しいことにチャレンジしてみようと思った。 それは魔法だ。 この世界の魔法は、魔法屋で売っている魔法書を読んで学んで使うと聞いた。 魔法書を読むことでその魔法を使うための魔力が体に蓄積される。 魔法を使うと蓄積された魔力が消費される。 魔力を使い切ってしまうとその魔法が使えなくなる。 なので定期的に魔法書を読む必要がある。 誰が考えたのか知らないが、魔法屋ボロ儲けの仕組みだな。 噂で聞いた話だと、森の民は魔法に長けた種族であるらしい。 森の民は二十年前に故郷を各国連合に攻め滅ぼされて離散したが、それまでは高い魔法文化を築いていた。 ということは、俺も魔法の適性があるんじゃないか。 魔法と剣の両方を使いこなす魔法剣士。 めちゃくちゃカッコイイ! 俺はさっそく港町カーティスの魔法屋に行ってみた。「こんにちは。魔法書がほしいんですけど、初心者にいいやつあります?」 店で挨拶をすると、魔法使いらしいフードをかぶった店主が応対してくれた。「いくつかありますよ。マジックアローの魔法、これは魔力の矢を飛ばして攻撃する最も基本的な魔法です。他は戦歌の魔法、こちらは戦いのポーションと同じ効果で腕力と器用さを一時的にアップさせます。初心者ならこのどちらかが鉄板ですね」「へぇ~。攻撃とバフですか」 どちらもなかなかいい感じ。 マジックアローは武器の弓矢で、戦歌は戦いのポーションで代用可能ではある。 武器の弓と矢はちょっと高くてまだ買えていないんだよな。 戦いのポーションも拾ったらだいたい使ってしまうので、手持ちはあまりない。こちらも買うとそこそこ高い。 ならやっぱり、魔法で代用するのもアリか。どちらにしようかしばらく考えて。「よし。じゃあマジックアローの魔法書をください」「毎度あり。銀貨五枚ですよ」 おおう、思ったより高い……。 しかしカッコイイ魔法剣士になる夢を諦め
この世界はたまに倫理観が理不尽な感じになっています。+++ ついさっきまで平和だった港町の表通りは、今や阿鼻叫喚に包まれている。 六本腕の魔物は容赦なく刃を振るって町人を斬殺した。 俺は情けなく震えながら、建物のかげから眺めていることしかできなかった。「駄目だ、こいつ強い! 衛兵を呼べ!」「もう呼んだ! すぐ来る、持ちこたえろ!」 冒険者たちが叫んでいる。 ……ところでどうでもいい話だが、普通の町の人が案外強い。俺より全然強い。 冒険者たちが果敢に戦う中、投石やらマジックアローの魔法やらで援護している。 その威力はなかなか強力で、六本腕の魔物に傷をつけている。 やがて衛兵隊が到着した。 衛兵隊は国の兵士で、町の治安を守っている。 鎧兜に身を包んだ彼らはとても強くて、六本腕の魔物を包囲して追い詰めた。「囲め囲め!」「逃がすな!」 そして衛兵隊は六本腕の魔物にトドメを刺した。「ギャアアァ!」 魔物はまるで人間のような断末魔の声を上げて、息絶えた。 血しぶきと肉片で汚れた表通りを、みなが「やれやれ」という顔で歩いていく。「あー、道路が汚れやがった。清掃依頼を冒険者ギルドに出さなきゃ」「ったく、誰だよ。こんな魔物を町に連れてきたやつ」 ……俺です。 俺は周囲を見回した。人死にも出たというのに衛兵も町の人もそんなに気にした雰囲気ではなく、粛々と片付けをしている。 なんだこれは……。 罪悪感と同時に大きな違和感を感じた。 俺に悪意がなかったのは確かだが、こんな騒ぎになったのに誰も追求しようとしない。おかしいだろ! すると、片付け途中の表通りに楽師がやって来た。「おやおやこれは大変ですね。皆さんの心をなぐさめるべく、この私が一曲
それからあちこちの店を巡って、俺は何冊かの魔法書を買った。 おなじみのマジックアローと戦歌の魔法に加えて、新しく光の盾の魔法と沈黙の魔法に挑戦してみることにしたのだ。 光の盾は防御力アップ。 沈黙は相手の魔法を封じる。 俺の読書スキルも少しは上がったからな。 新しい魔法を覚えて戦術に幅を出したい。 次は武具を見てみようと大通りを歩いていると、衛兵に呼び止められた。「冒険者のユウだな?」「えっ、あ、はい、そうですけど」 カルマ下がりまくり犯罪者時代のトラウマで、俺は衛兵が苦手になっている。 思わずテンパった返事をしてしまった。くそ、エリーゼの前だと言うのに情けない! 衛兵はそんな俺の態度に構わず、つっけんどんに言った。「お前を王城まで連行するよう、命令が出ている」「えっ。俺、なにもしてませんけど」「いいから来い」 俺は問答無用で引き立てられた。エリーゼとクマ吾郎は心配そうな顔でついてきてくれた。 以前ロープで乗り越えた王城の城壁の中に、今度はちゃんと門から入る。 衛兵は問答無用の態度だったが、俺たちに危害を加えるつもりはないようだ。 衛兵や騎士が行き交う中を歩いていく。 やがてたどり着いたのは、見覚えのある塔である。「ここは……」 俺のつぶやきは無視されて、衛兵から騎士に引き渡された。 塔の中に入って螺旋階段を登る。 見覚えのある扉を開くと、彼がいた。 騎士団長にして白騎士の称号を持つヴァリスだった。「久方ぶりだな、ユウ」 彼は穏やかな声で言う。「は、はい。久しぶりです」「急に呼び立ててすまなかった。きみに一つ、仕事を頼みたくてな」 ヴァリスが目配せすると、部屋にいた騎士たちが出て行った。 ついでにクマ吾郎とエリーゼも部屋から出される。人払いか。「きみは森の民だな」「…………」 俺は思わず黙り
いつしか季節は冬から春になっていた。 俺が難破船から放り投げられたのが、去年のやはり春。もう一年が経過してしまった。 海で死にかけていた俺を助けてくれた森の民の二人、ニアとルードはあれ以来会っていない。 少しは強くなった今、ルードにお礼参りをしてやりたいところだが、居場所が分からないんじゃ仕方がない。「ご主人様。税金の請求書が来ていますが、納税に行きますか?」 春のある日、盗賊ギルドで次の冒険の準備をしているとエリーゼが言った。「冬に納税したばかりですので、締切に余裕はあります。まとめ払いも可能です。どうしましょうか?」「うーん」 俺はちょっと考えた。 盗賊ギルドのある町から王都までは片道五日。 すぐ近くというわけでもない。正直、わざわざ行くのはちょっとめんどくさい。 だがまとめ払いで締切ギリギリまで粘ると、前のように思わぬ事態で脱税犯罪者になってしまうかもしれない。 あれは本当にひどい目にあった。 もう一度免罪符を発行してもらうわけにはいかないから、慎重に動かなければならない。二度とあんなのごめんだよ。 考えた結果、俺は答えた。「配達の依頼がてら、納税に行こうか」「分かりました。旅の準備をしますね」 以前は俺一人でやっていた準備作業も、今ではほとんど彼女がやってくれる。 俺もいい身分になったものだ。 というわけで、俺たちは王都へと旅立った。 旅の途中、野宿の際の食料は現地調達もする。 獣や鳥を狩ったり、川や湖があれば釣りもする。 この前、新しく料理スキルを習得した。 おかげで狩った肉や釣った魚もその場でおいしく調理できて、とても助かっている。「料理スキル、もっと早くに取ればよかったよ」 焚き火で魚を焼きながら、俺はしみじみと言った。 料理スキルを覚える前は、ただ肉や魚を焼くだけでも失敗ばかりだった。黒焦げだったり生焼けだったりで食べられたものじゃないのだ。 おいしい食事は心を
エリーゼを連れて盗賊ギルドに戻る。俺は彼女に役割を伝えた。「きみには税金や依頼の締切チェックと、戦闘の補助をお願いしたい。締切は俺も確認するし、戦闘はあくまで後衛でいい。命の危険があったら逃げてくれ」 エリーゼは暗い表情のまま首を振った。「仕事については承知しました。でも逃げるのはできません。命をかけてあなたを守るのが、奴隷の仕事です」「俺がそうしろと言っているんだ。命令だよ」 強く言えば、彼女はしばらく迷った後にやっとうなずいた。「……分かりました、ご主人様」 ご主人様!! その言葉はなぜか俺の心を貫いた。 おかえりなさいませ、ご主人様。 萌え萌えキュン。 おいしくな~れの魔法をかけちゃう。 そんなセリフとともに、黒いワンピースに白いエプロンの女性の面影がよみがえる。 心臓がきゅんきゅんいってる。 え、何? 俺ってメイド萌えだったの? 正直、前世日本の記憶はもうあいまいだ。日本人としての俺がどんな人間だったのか、よく思い出せない。 あぁでも、この胸のトキメキは本物! ミニスカメイドもいいが、クラシックなロングスカートも捨てがたい!「なあ、エリーゼ。ミニスカートとロングスカートだとどっちが動きやすい?」「え?」 気がついたら俺は口走っていた。 でも最低限の気遣いは残っていたようで、戦闘時の動きやすさを聞いていた。「タイトなスカートでなければ、どちらも変わりません」 と、エリーゼ。「じゃあ両方買おう! 洗い替えは必要だしな!」「えぇ?」 彼女の手を取って走り出す。行き先は盗賊ギルド内の服屋だ。 盗賊ギルドは変装グッズが揃っている。そのため色んな職種の服が売っていた。「ミニとロングの黒ワンピースください。あとエプロン。エプロンは白で、フリルがついているのがいい。メイド服にぴったりなやつ」 店主のおばさんに言えば、す
カルマが上がり犯罪者でなくなって、俺にまともな冒険者としての生活が戻ってきた。 もう衛兵に追われることはない。 ならず者の町ディソラム以外でも、住民に嫌な顔をされない。 今後はしっかりカルマを管理して、犯罪者にならないよう気をつけないとな。 特に税金関係はコリゴリだ。二度と脱税(別に脱税したくてしたわけじゃないが)はしないようにしないと。 だが、俺はどうも性格的にうっかり屋なところがある。 一人で完璧に管理できるか心配だったので、人を雇うことにした。 クマ吾郎は頼りになる熊だが、やっぱり熊だからなあ。 雇い人に税金やその他のスケジュール管理を頼んで、ダブルチェック体制にすればミスは減るだろう。 できれば事務能力だけでなく、戦闘もある程度こなせる人がいい。 なにせ俺の本業は冒険者。稼ぎ場はダンジョン。 危険はつきものだからな。 人を雇うアテがなかったので、盗賊ギルドでバルトに相談してみた。「雇い人はどこへ行けば雇えるだろう?」「奴隷を買えばいいんじゃない?」 あっさり言われて、俺は眉をしかめる。「奴隷って。俺、ああいうの嫌いなんだけど」「ユウは好みがウルサイよね。奴隷は嫌、犯罪者も嫌」 バルトはニヤニヤしている。 そんなもん嫌に決まってるだろうが。「でもね」 と、バルトは続けた。「奴隷も別に悪いものじゃないよ。この国は奴隷制が合法。買うのは何ら問題ない。非人道的な扱いが嫌だというなら、ユウが優しくしてやればいい」「虐げるつもりはこれっぽっちもないが、やっぱり奴隷はなあ……。そういう身分とか仕組みそのものが嫌いなんだよ」「奴隷なら最初にお金を払って、あとは衣食住の面倒をみてやればいい。雇い人のほうが面倒だよ。毎月給金を払って、しかも裏切るかもしれない」 奴隷であれば魔法契約を結ぶので、主人を裏切る心配がないのだという。 いやなにその人権無視な契約。そういうのが嫌なん
「――さて。ユウの用件は済んだが、そいつは?」 ヴァリスが鋭い目でバルトを見た。 バルトは気圧された様子もなく、丁寧に礼をする。「申し遅れました。僕は盗賊ギルドのバルトと申します。ギルド後輩のユウの用事を助けるついでに、名高い白騎士ヴァリス様にお会いしようと思ってやって来た次第です」「……目的は?」 バルトは丁重な態度を崩さずに言った。「特には。騎士中の騎士と名高いヴァリス様をこの目で間近に見られて、それだけで満足ですよ」「盗賊ギルドが、よく言う」 吐き捨てるように言われたセリフに、バルトはにっこり笑ってみせる。「強いて言えば、僕らのことを知ってもらいたかった……というところですね。盗賊ギルドは誤解されやすいのですが、犯罪者集団ではありません。冒険者としての盗賊職を支援する、真っ当な面もあるんですよ」「本当です。俺、盗賊ギルドに入ったおかげでかなり腕を上げました。ダンジョン攻略の助けになっただけで、ギルドにいる間、何一つ悪いことはやっていません」 俺は口を挟んでみた。 盗賊ギルドに世話になっているのは事実だ。フォローくらいしないとな。 ヴァリスは俺たちの言葉に首を振った。「あくまで真っ当な『面もある』だけだろう」「あはは、バレちゃいましたか」 バルトはまったく悪びれない。「じゃあ仮にですけど。裏社会としてのギルドと冒険者としてのギルドが分離したら、冒険者の部分は表舞台に立つのを許されるでしょうか?」「……完全に分離したと証明できるのなら、検討の余地はある」 ヴァリスの慎重な言葉にバルトは笑みを浮かべた。「今の段階では、そのお言葉が聞けただけで満足ですよ」「おいバルト、そんな計画があるのか?」 俺は思わず口を出すが。「さあ、どうだろうねえ。ただ、組織はいつだって柔軟に変わっていかないといけないから。硬直化した組織なんて、いつか壊死
深夜、俺とバルトは王城の門のほど近くに隠れていた。 月は細くて、しかも雲がかかっている。絶好の侵入日和(?)だった。「なあ、本当に忍び込むのか?」 俺のヒソヒソ声にバルトは笑ってみせる。「怖気づいたのかい? 盗賊ギルドの一員ともあろう者が、情けない」 そりゃあ怖気づくだろ。 今から天下のパルティア王城に不法侵入するんだぞ。 たかが脱税でカルマががっくり下がる国だ。 王様の家である王城に侵入なんかした日には、その場で死刑になってもおかしくない。 けれどバルトは俺の言葉を意に介さず、さっさと進み始めた。 鈎爪つきのロープを取り出して投擲。王城の城壁に取り付いた。 素早い身のこなしでするすると登っていく。 俺も続いてロープを掴んだ。 バルトほどではないが、まあまあスムーズに登れたと思う。「ユウはまだまだだね。軽業スキルをもっと鍛えないと」「分かってるよ」「ギルドに戻ったら特訓部屋を貸してあげよう。四方から矢が飛び出してくる、からくり部屋だ。矢を避け続ける修行ができるよ」「お断りします」 なにそのバトル少年漫画の修行シーンみたいなやつ。 命の危険があるじゃん。俺はそこまでしたくないよ。 そんな無駄口を叩きながら、俺とバルトは城壁から飛び降りた。 植え込みや物陰に隠れながら進む。「騎士団長がいる場所、分かってるのか?」「目星はついているよ」 なんとも頼もしいことだ。 巡回中の衛兵の目をかいくぐりながら、俺たちは進んだ。 王城の中心地に近づくほど、衛兵の数が増えてくる。 と。 木の陰に隠れた俺は、うっかり枝を踏んでしまった。パキリ、と意外に大きな音がする。「何者だ!」 近くにいた衛兵の一人が槍を構えた。 ど、どうしよう! 俺は焦りまくりながら、とっさに、「に、にゃぁ~」 猫の鳴き真似をしてみた。
俺は必死に衛兵から逃げる。「うわっ!」 衛兵の片方が矢を射掛けてきた。 あいつら容赦ない! とっさに左にステップを踏んでかわす。 軽業スキルとダンジョンで培った戦闘能力が役に立った。 矢は石畳の継ぎ目に突き刺さった。その威力にぞっとする。 路地に追い立てられ、狭い道を必死で走る。 やがて見えてきたのは行き止まり。 袋小路に追い込まれた。 衛兵たちの気配が近づいてくる。 と。 袋小路の手前、ゴミのかげにあったドアが急に開いて、俺は引っ張り込まれた。「しーっ。大人しくしてね」「バルト!」 俺を引き込んだのはバルトだった。 薄暗い室内で俺の口を押さえてくる。「犯罪者はいたか?」「いや、見失った」「近くにいるのは間違いない。よく探せ!」 壁一枚向こうで衛兵たちの声がする。 やがて声はだんだん遠ざかっていって聞こえなくなった。「ユウ、災難だったねえ」 バルトはニヤニヤ笑っている。 言葉とは裏腹にこうなるのが分かっていたかのような表情だ。 俺は心の底からため息をついた。「また地道なカルマ上げをすると思うと、気が遠くなるよ」「前と同じやり方じゃあ駄目だけどね」「え?」 バルトを見れば、彼は肩をすくめた。「だって税金の請求は二ヶ月ごとに来るんだよ? ユウは去年の夏が最後の納税なんだろ。次の税金を滞納すれば、脱税扱いになってカルマがまた下がる」 そうか、税金は二ヶ月毎に請求書が来るんだった。 締切まで間があるので、半年分ならまとめ払いができる。 ところが俺は半年前に納税したっきり。 次の締切は二ヶ月後になる。 たった二ヶ月でマイナス45のカルマを戻せるか……? いや無理だろ。以前はマイナス35から始まって、ゼロに戻すまで四ヶ月はかかった。
わざわざ一緒に行くって? バルトの言葉に俺は首を傾げた。「え? 別にいいよ。税金納めるだけだし。犯罪者状態はもう解除されてるから、衛兵に襲われることもないし」 そう、先日。カルマがゼロまで戻ったのだ。俺はとうとう犯罪者ではなくなった。 バルトは笑顔のまま首を振る。「僕も王都に用事があるんだ。二人で行ったほうが道中も安心だろう。さあ、行くよ」「まあ、そういうことなら」 そうして俺とバルト、クマ吾郎はディソラムの町を出発した。 バルトはさすが盗賊ギルドの一級ギルド員。 短剣の二刀流を見事に使いこなして、弱い魔物程度なら瞬殺してくれる。 気配を消すのが上手いので、物陰からこっそりと近づいて背後からバッサリだ。 バックスタブってやつだな。「短剣もいいなあ。長剣に比べると威力が低いと思っていたが、そんなこともないのか」 俺が言うと、バルトは器用に短剣をくるくると回してみせた。「一撃の威力は長剣に劣るけど、短剣は連撃ができるからね。どっちを取るかは本人次第さ」 そんな話をしながら俺たちは強行軍で進んでいった。 王都パルティアに到着したのは、納税締切日の午後のことだった。 俺は税金の請求書を握りしめて税務署へと走る。 バルトは用事を済ませてくるからとどこかに行ってしまった。 クマ吾郎は城門のところで待機だ。 カルマが戻っているので、衛兵に追われることもない。 町行く人々も俺を特に見ることもなく、通り過ぎていく。 いやはや、あたり前のことだが助かるね。 たどり着いた税務署はすごい人混みだった。 周囲の人たちの声が聞こえてくる。「いつもにもましてすごい混みっぷりね」「今日が締切の税金が多いからね。駆け込みで納税する人がたくさん来ているんだろう」「余裕をもって納税すればいいのに。いい迷惑だ」
・現在のユウのステータス。 名前:ユウ 種族:森の民 性別:男性 年齢:15歳 カルマ:-4 レベル:18 腕力:21 耐久:13 敏捷:19 器用:18 知恵:11 魔力:17 魅力:1 スキル 剣術:8.8 盾術:2.2 瞑想:4.5 投擲:6.3 木登り:4.1 隠密:5.4 鍵開け:3.3 罠感知:1.5 罠解体:1.2 軽業:2.8 釣り:1.7 魔道具:3.5 詠唱:4.9 読書:5.6 装備: 鉄の剣(剣術ボーナス付き) 蔓草の盾(瞑想ボーナス付き) 鱗の軽鎧(魔道具ボーナス付き) 丈夫な布のマント 鱗のブーツ(敏捷ボーナス付き) お財布の中身:金貨換算で約九枚(銀貨なら九十枚) ダンジョンで戦闘を繰り返したため戦闘系のスキル・ステータスがけっこう上がった。 戦闘スタイルは相変わらず、クマ吾郎を前衛にユウはサポートで立ち回っている。 ポーションの投擲もだいぶ精度が上がってきた。 遠くの標的でもそれなりに命中させられる。 魔法もなるべく使っているおかげで、魔力や詠唱スキルも上昇している。(当然、魔法書の解読もずっと続けている) 今ではマジックアローは九割以上の確率で成功するようになった。 鍵開け、罠感知、罠解体、軽業は盗賊ギルド限定のスキル。 鍵開けと罠二つは名前通り。 軽業は素早い身のこなしに対応するスキル。敵の攻撃の回避の他、高いところに飛び上がったり飛び降りたり、空中でバク転をしたりといった幅広い動きに関連している。 ダンジョンで拾った装備品が徐々に増えている。 今のユウの実力は、そろそろ中級冒険者に届きそう……といったところ。